第87回全国高校野球選手権大会は、駒大苫小牧(南北海道)が57年ぶりとなる2連覇を果たして幕を閉じた。一方で秋田商は1回戦で敗れ、秋田代表の初戦敗退は8年連続となった。ただ、今大会は、秋商が掲げた「打ち勝つ野球」そのままに、例年になく激しい打撃戦が数多く展開され、また、公立高校の躍進も目立った。秋田野球の復権はあるのか。大会閉幕を機に、改めて秋田商の戦いぶりを振り返る。
秋田商は7日の1回戦で石川代表の遊学館と対戦。一時は7点差をつけられながら猛追し、9回には3点挙げて、なお2死満塁と粘ったが、6―8で敗れた。
安打数は相手を5本上回る14安打を数えた。だが、5回まで2安打と相手左腕に抑え込まれた。小野平監督は試合前、直球に的を絞るよう選手たちに指示したが、「5回まではボールをよく見ていなかった」。
グラウンド整備に入る5回終了後、小野監督は「地方大会の3回戦で負ける内容だ」と一喝。これに奮起するように、選手たちは直球を強く、低くはじき返し、安打を重ね、得点につなげた。9回には5安打を重ねる集中力も見せた。
しかし、長打ゼロで、12残塁。好機で「あと1本」が出なかった。
けがやアクシデントが響いた面もあった。
まず6月末、正捕手だった鳥井将選手(2年)が左指を骨折。しかし、小山田聡太選手(2年)が急造捕手を務め、穴を埋めた。ところが、秋田大会決勝で、今度は主将で遊撃手の鈴木潤選手が右ひざを負傷した。
大阪入りした8月1日夜、ミーティングで小野監督は「潤は試合は無理」と告げた。しかし、「チームにとって痛手だと思うな。鳥井の代わりは小山田がきっちり果たした。今回も、他の選手が自分の力を発揮できれば絶対カバーできる」と続けた。
遊学館戦。途中から遊撃手に入った工藤辰文選手(2年)は2安打2打点の活躍を見せた。
しかし、さらなるアクシデントに見舞われる。エース佐藤洋投手が走者に出た際、相手の送球を受け、途中退場。大友陽介投手(3年)が急きょマウンドに上った。ところが外角を丁寧につく投球で6回を投げて自責点2、7奪三振という「100点の内容」(小野監督)を見せた。
結果的に失策が明暗を分けた試合でもあった。秋田商は秋田大会5試合で計5失策だったのが、遊学館戦は1試合で6失策。うち五つが失点につながった。
2年連続出場だったが、今年は2年生中心で、メンバーは大幅に入れ替わり、大舞台で浮足立ったきらいがある。小野監督は「選手たちに足りなかったのは度胸。日々の練習で心も鍛えなければ甲子園では通用しない」と帰秋後、話した。
一方で今大会は、東海、北信越を除いた7地区の代表が8強入りし、「今大会ほど地域の力の差が均衡した年はありません」(脇村春夫・日本高野連会長)。また、公立高は、この5大会で最多の20校を数え、とくに長崎代表・清峰は初出場ながら、春の選抜大会優勝校や昨夏の準優勝校を撃破。脇村会長が「最も印象に残ったチーム」と講評する活躍を見せた。
人口1万3千人の小さな町の県立校で、「野球留学」とも無縁の高校だ。その躍進ぶりは、2年連続で東北を素通りして津軽海峡を越えて優勝旗を持ち帰った駒大苫小牧の力強さとともに、秋田県勢として見習わなければいけないだろう。
小野監督の「今年の反省を生かし、前に進みたい」との言葉に、秋田県内すべてのチームが耳を傾け、県勢9年ぶりの「夏の1勝」を来年こそ目指してほしい。