第87回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)に出場した遊学館は1回戦で秋田商を8―6で下して2回戦に進んだが、東北(宮城)には3―4で敗れ、昨夏同様、3回戦を前に甲子園から去った。遊学館の戦いを振り返った。
Q 東北との力の差はあったのかな
A 山本雅弘監督は「本当に紙一重だった。最後は東北に勝利の女神が味方した」と表現した。象徴的なのが7回だ。1死一、二塁から橋本雅和君が左前安打を放った。東北の左翼手の肩は強くないと分析していたこともあり、二塁走者の鈴木将光君は同点を狙って本塁に突っ込んだが、思わぬ好返球でアウトになった。安打数を見ても東北10本に対し、遊学館も9本。決して打ち負けてはいない。ただ、8四死球を生かせず、12残塁が痛かった。
Q 選手の調子はどうだったのだろう
A、石川大会で好投した番匠啓介君は、救援した秋田商戦で打ち込まれた。1番の寺田保幸君は本来の調子ではなく、東北戦では2番に下がった。4番鈴木君も魅力の長打が影をひそめた。
ただ、「好調な選手もいれば不調な選手もいる」という山本監督の言葉通り、岡田隼人君は2試合で4安打の活躍だったし、主戦の曽根瑛二君は2試合をほぼ一人で投げ、自責点は4。期待通りの投球をみせた。
Q 確かに上位進出はかなわなかったが、今夏も初戦を見事に突破した。強さの秘密は
A 「野球は学問」が信条の山本監督。打撃フォームや腕の振りをパソコンで解析するなど、理論的な指導法はよく知られるが、選手たちの野球へのこだわりの強さも見逃せない。
埼玉県出身の江川恭亮君は中3当時、創部2年目の遊学館が1、2年生だけで全国8強に入ったのに惹(ひ)かれ、入部を決めた。大会前、「最初は寮生活に不安もあったが、自分は野球をやりにここに来ているんだ、と言い聞かせた。今でこそ、親は近くで野球をやってほしいと思っていたと分かる。だからこそ、甲子園で勝つことが最大の親孝行」と話した。
星稜中だった鈴木君は中1のとき1年間指導を受けた山本監督を慕い、遊学館に入った。「練習は本当に厳しいが、耐えられるのは、このスポーツが根っから好きだからだ」と言っている。
Q 2勝の壁は厚いのだろうか
A 東北戦後、コーチは「これが甲子園ですよ」と言った。そう簡単には勝たせてはもらえない、という意味なのだろう。山本監督は「選手には50の力を出せばいいと言ってきたが、全国では100の力を出さなくては勝てないと学んだ」、主将の橋本君は「序盤は強気で行けたが、後半で気がゆるみ、最後まで集中できなかった。後輩には教訓にしてほしい」と語った。チームは“若さ”“勢い”の時代から、苦杯を通じて様々な教訓を蓄積する段階に入っていると感じる。