甲子園名物の「はま風」。左翼方向へ強く吹くその横風を切りながら、多田隼仁(はやと)君の打球が飛んだ。8回裏、バックスクリーン横への本塁打。応援席のもやもや感を吹き飛ばす一発で一気に勝利をたぐり寄せた。
日大三打線はカーブや低めに集まる直球を打ちあぐね、3回から好機を作れずにいた。この回まで2点をリードしながらも、ムードは怪しくなる一方。先頭打者として入った4度目の打席は、「ベンチの雰囲気も悪かったんで、何とか塁に出ようと考えてました」。
切れるように落ちるカーブが続き、3球目、直球がきてファウル。4球目、再度の直球を振り抜いた。「当たった瞬間、行けーって思いました」
「追い込まれてもセンター方向にドーンと打てるタイプ」。小倉全由(まさよし)監督が信頼を寄せる4番打者だが、春までは不振にあえいでいた。
大阪府富田林市出身。ボーイズリーグの名門、全羽曳野(はびきの)でプレーしていた中学時代は主軸が定位置。それが、昨秋の新チーム発足で1番打者を任され、迎えた春の都大会。「打ち上げちゃだめだ。塁に出ないと」。こまごまとした注意点が頭をよぎり、スイングが小さくなった。準決勝はノーヒット。決勝は先発から外され、出番がないまま、チームは優勝した。「迷惑をかけたから仕方がないけど、悔しかった」
小倉監督は「やっぱり多田は主軸タイプ。気にするな、って話して打順をかえたんです」。その後、6番にすると自然と快音が戻ってきた。4番に座った西東京大会では、2本塁打を放ち、打率は4割7分超を記録。「4番だと何も考えないで、思い切り振れるんです。それに三高の4番打者って、カッコイイじゃないですか」と笑う。
01年、「打撃の日大三」が全国制覇するのを見て「自分にぴったり。ここしかない」と思い定め、親元を離れての入学を決めた。「夢だった甲子園。思いっきり打って、僕も監督を胴上げしたいんです」